『本朝世紀』によると1149年(久安5年)に末代(まつだい、富士上人)が山頂に一切経を埋納したと伝えられており、現在も富士山頂出土と伝えられる埋納経が浅間大社に伝わっている。また、村山(現在の静岡県富士宮市村山)には大日堂を建立したとされ、ここから富士山修験道としての富士信仰が広まったとされている。その後、村山は村山口登山道(最古の富士登山道)として大きく発展する。
神道と富士信仰
宗祖・日蓮大聖人の「富士山に本門の戒壇を建立すべきものなり(要旨)」との遺命に基づき、富士山麓に大石寺が建立されている。その他にも、日蓮の高弟日興及びその弟子たちによって有力な宗派が開設されており、上条大石寺、北山本門寺、西山本門寺、小泉久遠寺、下条妙蓮寺を総称して富士五山と呼ばれる。
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江戸時代になると、富士山の登拜が庶民の間でも広く行なわれるようになった。これは戦国時代から江戸時代初期(16世紀後半から17世紀前半)に富士山麓の人穴で修行した角行による富士信仰の形から始まるとされる。その経緯で富士塚が多く作られり、擬似的に富士山の登拜を体験するために富士塚山頂には浅間神社が祀られるといったことが行われた。
またこうした富士信仰の高まりを受け、江戸時代には富士山信仰を基盤とした神仏混交の新宗教が多数登場した。新宗教は江戸で布教を行い富士講を組織して幕府にとっても無視できない規模になることもあり、幕府が富士講禁制の町触を出すこともしばしばであった。