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      <title>季優のブログ</title>
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      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2009</copyright>
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            <item>
         <title> カレーソース </title>
         <description><![CDATA[カレーライスのうち、飯の上にかける汁をカレーソースと呼ぶ。野菜や肉などを煮込んだ鍋に、カレー粉と小麦粉を油で炒めて少し焼き色をつけたもの（ルウ）を入れ、とろみが出るまでさらに煮るというのがオーソドックスな作り方である。カレーソースにジャガイモを入れることを考案したのは、札幌農学校の教師として来日していたウィリアム・スミス・クラークであり、当時不足しがちだった米を補う目的だったといわれる。クラークとカレーライスについては後述。

現在の日本の家庭では、カレー粉・油脂・小麦粉・旨味成分などを固形化した「即席カレールウ」を使ってカレーソースを作る調理法が主流である。
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カレーソースを指して「カレールウ」「ルウ」と呼ぶ人もいるが、正確な表現ではなく、本来のルウ（小麦粉を油で炒めたもの）や固形の即席カレールウとの区別もしにくい。ただし、日本風のカレー店では「ルー増し」などの注文がカレーソースを示す言葉として一般的に用いられている[4]。

粉末の即席カレールウは、1926年に、ハウス食品が「ホームカレー粉」の商品名で初めて発売した。固形製品は、1954年に、エスビー食品が初めて発売した。2004年度の家庭用カレールウ国内出荷額は約676億円で、各社のシェアはハウス食品約61%、エスビー食品約28%、江崎グリコ約10%と推計されており（日本経済新聞社）、ほぼ大手3社による寡占市場である。もっとも名古屋では、コメディアン南利明が「ハヤシもあるでよ」のキャッチフレーズで一世を風靡したオリエンタルのカレーにも根強い人気がある。

レトルトパウチを5分ほど湯煎するだけでカレーソースの調理が完成するレトルトカレーも、高い人気を得ている。2009年現在、レトルトカレーは多くのレトルト食品のなかでも最大の3割以上という売り上げ高を誇っている。]]></description>
         <link>http://asrxmaa.misojide.com/2009/12/post_32.html</link>
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         <pubDate>Fri, 04 Dec 2009 20:51:20 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>うつ病という言葉に関する注意</title>
         <description><![CDATA[日本の精神医学界はドイツ精神医学が主流であったが、近年本邦にもアメリカ精神医学が浸透し始め、従来診断と呼ばれるドイツ精神医学に倣った原因別分類ではなく、操作的診断と呼ばれる症状別分類で診断されることが多くなった。精神医学以外の医学では、一般に病気を原因別に分類する。例えば胸が痛いもののうち、心臓冠動脈の狭窄による心臓への虚血が原因で起こるものを狭心症と診断する場合がこれにあたる。しかし精神疾患は原因のわからないものが多いため、原因別に分類するより症状別に分類する方がより実際的であろうというのが操作的診断を行う側の立場である。この場合、胸が痛いもののうち痛みが一定期間続くものを“胸痛症”と呼ぶことになる。“胸痛症”という表現があるならば、そこには狭心症のほか、肺塞栓や気胸など様々な疾患が含まれることになろう。逆に糖尿病で痛みを感じにくい患者に起こる狭心症は“胸痛症”には含まれないことになる。原因別に治療を行う内科など精神科や心療内科以外の身体科においてこれは実際的ではないので、“胸痛症”のような操作的病名は実際には使われない（使われる場合は○○症候群のように表現され、○○病という表現は用いられない）。
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前述のように、症状別に診断した“胸痛症”と原因別に診断した狭心症は大きく違ったものであるが、それと同じように症状別に分類されたmajor depression（大うつ病性障害）などの操作的診断病名と、原因別に分類された内因性うつ病等の従来診断病名とは、同じうつ病であっても大きく異なる概念であると言える。

このことが専門家の間でさえもあまり意識されずに使用されている場合があり、時にはそれを混交して使用しているものも多い。そのため一般社会でも、精神医学会においても、うつ病に対する大きな混乱が生まれている。]]></description>
         <link>http://asrxmaa.misojide.com/2009/11/post_31.html</link>
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         <pubDate>Sun, 29 Nov 2009 02:19:56 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>大仏の鋳造が始まったのは</title>
         <description><![CDATA[大仏の鋳造が始まったのは天平19年（747年）で、この頃から「東大寺」の寺号が用いられるようになったと思われる。なお、東大寺建設のための役所である「造東大寺司」が史料に見えるのは天平20年（748年）が最初である。

聖武天皇が大仏造立の詔（みことのり）を発したのはそれより前の天平15年（743年）である。当時、都は恭仁京（くにのみや 京都府相楽郡加茂町）に移されていたが、天皇は恭仁京の北東に位置する紫香楽宮（しがらきのみや 現・滋賀県甲賀市信楽町）におり、大仏造立もここで始められた。聖武天皇は短期間に遷都を繰り返したが、2年後の天平17年（745年）、都が平城京に戻るとともに大仏造立も現在の東大寺の地であらためて行われることになった。この大事業を推進するには幅広い民衆の支持が必要であったため、朝廷から弾圧されていた行基を大僧正として迎え、協力を得た。

難工事の末、大仏の鋳造が終了し、天竺（インド）出身の僧・菩提僊那を導師として大仏開眼会（かいげんえ）が挙行されたのは天平勝宝4年（752年）のことであった。そして、大仏鋳造が終わってから大仏殿の建設工事が始められ、竣工したのは天平宝字2年（758年）のことであった。
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東大寺では大仏創建に力のあった良弁、聖武天皇、行基、菩提僊那を「四聖（ししょう）」と呼んでいる。
大仏造立・大仏殿建立のような大規模な建設工事は国費を浪費させ、日本の財政事情を悪化させるという、聖武天皇の思惑とは程遠い事実を突き付けた。実際に、貴族や寺院が富み栄える一方、農民層の負担が激増し、平城京内では浮浪者や餓死者が後を絶たず、租庸調の税制も崩壊寸前になる地方も出るなど、律令政治の大きな矛盾点を浮き彫りにした。

天平勝宝8歳（756年）5月2日、聖武太上天皇が崩御する。その年の7月に起こったのが、橘奈良麻呂の乱である。7月4日に逮捕された橘奈良麻呂は、藤原永手の聴取に対して「東大寺などを造営し人民が辛苦している。政治が無道だから反乱を企てた」と謀反を白状した。]]></description>
         <link>http://asrxmaa.misojide.com/2009/11/post_30.html</link>
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         <pubDate>Tue, 24 Nov 2009 01:04:36 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>修験道</title>
         <description><![CDATA[『本朝世紀』によると1149年（久安5年）に末代（まつだい、富士上人）が山頂に一切経を埋納したと伝えられており、現在も富士山頂出土と伝えられる埋納経が浅間大社に伝わっている。また、村山（現在の静岡県富士宮市村山）には大日堂を建立したとされ、ここから富士山修験道としての富士信仰が広まったとされている。その後、村山は村山口登山道（最古の富士登山道）として大きく発展する。

神道と富士信仰
宗祖・日蓮大聖人の「富士山に本門の戒壇を建立すべきものなり（要旨）」との遺命に基づき、富士山麓に大石寺が建立されている。その他にも、日蓮の高弟日興及びその弟子たちによって有力な宗派が開設されており、上条大石寺、北山本門寺、西山本門寺、小泉久遠寺、下条妙蓮寺を総称して富士五山と呼ばれる。
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江戸時代になると、富士山の登拜が庶民の間でも広く行なわれるようになった。これは戦国時代から江戸時代初期（16世紀後半から17世紀前半）に富士山麓の人穴で修行した角行による富士信仰の形から始まるとされる。その経緯で富士塚が多く作られり、擬似的に富士山の登拜を体験するために富士塚山頂には浅間神社が祀られるといったことが行われた。

またこうした富士信仰の高まりを受け、江戸時代には富士山信仰を基盤とした神仏混交の新宗教が多数登場した。新宗教は江戸で布教を行い富士講を組織して幕府にとっても無視できない規模になることもあり、幕府が富士講禁制の町触を出すこともしばしばであった。]]></description>
         <link>http://asrxmaa.misojide.com/2009/11/post_29.html</link>
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         <pubDate>Wed, 04 Nov 2009 01:30:29 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>浮葉性の水草</title>
         <description><![CDATA[根が水底についていて、葉を水面に浮かべる植物で、身近なところではスイレンがよい例である。根を水底にはわせ、長い葉柄を伸ばして葉を水面に出す。またはジュンサイやヒルムシロのように、水底から茎を伸ばし、水面近くで葉を出して水面に浮かべる形のものもある。花は水面に浮かべるものが多い。 代表的なのはスイレンなどを含むスイレン科、アサザなどを含むミツガシワ科、ヒルムシロなどを含むヒルムシロ科などである。

水面に植物体が浮かんでいて、根が水底についていない植物もある。ただし、その種類は限られ、ウキクサ科のもの以外には、ホテイアオイやボタンウキクサ、水生シダ類のアカウキクサ、サンショウモ、コケ植物のイチョウウキゴケなどがあげられる。これらの植物では葉には浮袋があるなど、浮葉性植物以上に水面に出やすい仕組みを持ち、根は水中に下がって、葉とのバランスを取っている。植物体が固定されていないことから、水に流される危険があるが、それを補うかのように、旺盛な繁殖力を持つものが多い。
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根が水中にあり、茎や葉を伸ばして水面上に出る植物を抽水性という。 コウホネ類、スイレン類では浮葉性のものと抽水性のものがあり、はじめは浮葉性で、よく育つと抽水性になるものもある。そのほかハス（昔はスイレン科とされたが、系統が全く異なるとされ現在はハス科とすることが多い）など。カヤツリグサ科やイネ科には抽水性で背の高くなるものがあり、川や池などの水辺を広く覆うことが多い。]]></description>
         <link>http://asrxmaa.misojide.com/2009/10/post_28.html</link>
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         <pubDate>Wed, 28 Oct 2009 00:19:34 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>文化庁関係の研究機関として</title>
         <description><![CDATA[文化庁関係の研究機関として国立博物館、文化財研究所、国立歴史民俗博物館、国立劇場が設置されている。国立博物館と文化財研究所は独立行政法人国立文化財機構の下部組織である。国立博物館は東京国立博物館、京都国立博物館、奈良国立博物館、九州国立博物館の4館があり、美術品を中心とする文化遺産の受け入れや公開、調査研究を行っている。文化財研究所は東京文化財研究所と奈良文化財研究所があり、文化遺産の保存および修理技術に関する研究、歴史的建造物および埋蔵文化財に関する研究を行っている。国立歴史民俗博物館は人間文化研究機構に所属する組織で、歴史資料、考古資料、民俗文化財の収集、展示および調査研究を行っている。国立劇場は日本芸術文化振興会が運営しており、伝統芸能の自主公演を行うとともに、伝統芸能に関する調査研究を行っている。
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文化財保護法第182条第2項では、次のとおり規定している。

地方公共団体は、条例の定めるところにより、重要文化財、重要無形文化財、重要有形民俗文化財、重要無形民俗文化財及び史跡名勝天然記念物以外の文化財で当該地方公共団体の区域内に存するもののうち重要なものを指定して、その保存及び活用のため必要な措置を講ずることができる。 
この規定に基づき、全ての都道府県および大半の市区町村において「文化財保護条例」等の名称の条例が制定されている。]]></description>
         <link>http://asrxmaa.misojide.com/2009/10/post_27.html</link>
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         <pubDate>Sun, 18 Oct 2009 04:33:42 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>錐体外路症状（すいたいがいろしょうじょう）</title>
         <description><![CDATA[錐体外路症状（すいたいがいろしょうじょう、 英 extrapyramidal symptom）は大脳基底核が主として関与する神経学的症状である。錐体外路症候群とも呼ばれる。頭文字をとってEPSと略す場合がある。 錐体外路症状は一般に、筋緊張亢進‐運動減退症候群(英 hypertonic-hypokinetic syndrome)、筋緊張低下‐運動亢進症候群(英 hypotonic-hyperkinetic syndrome)の2つに大別される。

筋緊張亢進‐運動減退症候群は、主に淡蒼球、黒質の障害で、筋緊張は亢進し、寡動、固縮が見られる。例として、パーキンソン症候群、ウィルソン病の末期、マンガン中毒、ハラーホルデン･スパッツ病(ハレルホレデン･シュパッツ病)がある。

筋緊張低下‐運動亢進症候群は、主に視床とも関連する新線条体（尾状核、被殻）の障害で、筋緊張は低下し、多動状態が見られる。例として、舞踏病、アテトーゼ、バリスムス、ミオクロニー、ジスキネジア等がある。疾患としては、リウマチ性舞踏病(小舞踏病)、ハンチントン舞踏病、脳性麻痺、脳血管障害等がある。 また、クロルプロマジン、ハロペリドール、アモキサピンといった抗精神病薬等の副作用としてみられる錐体外路症状は、ほとんどがこちらのことを指す。
<a href='http://yeyasi2.e-linkdego.com/'>化学物質過敏症</a>
<a href='http://nxbykxc.akdobq.org/'>特定疾患</a>
<a href='http://sxjjhp.yrsvwq.net/'>オーケストラ</a>
<a href='http://8bkrus.mrijfa.com/'>バーベキュー</a>
<a href='http://8frftj2.kqkvfc.info/'>スキンケア</a>
<a href='http://fsnuxyw.zyijgg.org/'>学童保育所</a>
<a href='http://umytdx.chjneg.net/'>衛生 </a>
<a href='http://m6eye6.ujkewq.info/'>合気道</a>
<a href='http://ddpies9.ugrgee.info/'>ホスピス</a>
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<a href='http://ijhhyx.kbevet.info/'>材料科学</a>
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<a href='http://wdspgnu.qbjvjf.com/'>哺乳類</a>
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<a href='http://rgdiwf.qmayaw.com/'>バレーボール</a>
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パーキンソン病においては、筋固縮等の緊張亢進があるが、不随意運動としての運動亢進を伴うことが多く、上記の二群に大別できない場合がある。

錐体路に対する錐体外路における症状は、既述の通り大脳基底核が関与しているが、小脳、大脳皮質等も関与していることが分かっており、それらも含めて他の神経機構の関与についてもまだ不明な点が多い。
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         <pubDate>Thu, 18 Jun 2009 10:59:01 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>20世紀の半ばには分子生物学が興隆した</title>
         <description><![CDATA[分子生物学は遺伝子の化学的性質を明らかにし、DNAの配列とそれらが持つ遺伝的暗号の関連を解明する道を拓いた。特にタンパク質電気泳動やプロテインシーケンスなどの強力な技術の発展が進んだ。1960年代初頭に生化学者ライナス・ポーリングとエミール・ズッカーカンドルは分子時計説を提唱した。二つの種の相同なタンパク質の配列の差異は、二つの種が分化してからの時間を示しているかも知れない。1969年までに木村資生やそのほかの分子生物学者は分子時計の理論的な基礎を確立した。そして、少なくとも分子レベルでは、大部分の突然変異は有害でもなく役に立ちもせず、遺伝的浮動は自然選択よりも遺伝子頻度の変動に重要な役割を果たすと主張した。またこの分野は集団遺伝学に分子データの利用をもたらした。

1960年代初頭から、分子生物学は進化生物学の伝統的な視点に対する脅威と見なされた。指導的な進化生物学者、特にエルンスト・マイヤー、テオドシウス・ドブジャンスキー、G.G.シンプソンらは分子的なアプローチが、特に自然選択との関わりについて（あるいは関わらないことについて）非常に懐疑的だった。分子時計と中立説は非常に論争的で、浮動と選択の相対的重要性に関する議論は1980年代まで続いた。
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現在はそもそも突然変異と言われたゲノム上の変異はランダムではなく、DNAの修復機構や複製機構に根ざした、方向性のある変異であるという理解がされつつある。例えば大野乾は複製における遺伝子重複が進化に果たす役割を説き、古澤満は岡崎フラグメントによるDNA複製において、一方の鎖は突然変異の確率が高いという不均衡進化論を唱えるなど知られている。また、個体数動態の変動に伴う創始者効果やビン首効果、個体群の周辺に進化が起きやすいと言った生物の社会集団における動的不平衡に着目したものや、スチュアート・カウフマンのように自己組織化による形質形成を重視した説もある。こういった議論の下敷きになっているのは、1968年に発表された木村資生の中立進化説である。

中立説は、変異自体は生物にとって有利なものは少なく、実際は生物にとって有利でも不利でもない中立的なものが多いが、それが遺伝的浮動によって偶然広まることでも進化（中立進化）が起こると考え、適応進化については自然選択が原動力になると考える。モーガンも、中立説に似た考えを1932年に提唱したと言われている。

中立説は現在の進化学では非常に重要な位置を占める。例えば種分化の起きた時期を調べる分子時計はゲノムの自然選択が働いていない部分に注目するため、中立説を理論的根拠としている。近年発達した分子生物学のDNA研究によって、生物のDNAに刻まれている遺伝情報の類似性をもとに生物進化の系統図を構築する研究が進められている（分子系統進化学）。

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         <pubDate>Mon, 01 Jun 2009 07:10:34 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>野猫</title>
         <description><![CDATA[野猫（のねこ）とは、ネコ科の家畜種であるネコ（イエネコ）が野生化したものである。しばしばカタカナでノネコと表記される。人間の生活圏に依存して生活している、いわゆる野良猫は、この中には含まれない。

イエネコは従来、ネコ科ネコ属のネコという種(Felis catus)とされてきたが、最近になって、ヤマネコ(Felis silvestris)の1亜種(Felis silvestris silvestris)と見なされるようになった。すなわち、野生化したイエネコである野猫と、本来的な野
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生動物である一般的なヤマネコとは、亜種という低いレベルにおいて、形質的に異なるグループである。ただし、イエネコとその他のヤマネコとは、交雑することが可能である。 実際にも、野猫とヤマネコの交雑は、多かれ少なかれ起こっているものと考えられる。

なお、日本には対馬のツシマヤマネコ(Prionailurus bengalensis euptilura)と西表島のイリオモテヤマネコ(Prionailurus bengalensis iriomotensis)が生息するが、イエネコとは属レベルで異なる種である。

野猫は山野に広く生活するイエネコであり、穏和で一箇所に居つく性質の強い飼い猫などとは違い、比較的広い縄張りをもち、野鳥やネズミ・昆虫などの小動物を獲って生活している。 人間社会に依存せず、自力で餌を獲り、人里にはあまり近づかないが、まれに田畑などに住むノネズミなどを獲る姿が見られる。 もちろん、特定の飼い主や住む家はない。

しばしば誤解されるところではあるが、いわゆる「野良猫」は野猫とは違い、人間の生活圏に依存しているため、到底「野生動物」と見なすことはできない。一方の野猫は、基本的に人間社会から独立して生活していることから、野生動物であるといえる。 生物分類上はいずれもイエネコだが、生活圏の違いをもって、便宜的に区別する。

特に人口密度の低い、自然の豊かな地域などでは、たとえ飼いネコであっても、その本来の習性に則って、野猫のように狩りをすることがあるのが、むしろ自然なことである。 よって、ただ自力で獲物を捕えることがある（できる）からといって、その個体が野猫であるということにはならない。 野猫の場合、通常、人間からはまったく餌を与えられていない。
ネコ科動物の例に漏れず、野猫も非常に警戒心が強く、人にはなつきにくい。 しかし、人間の手によって次第に餌づけされて野良猫化したり、さらには飼い猫として飼われるようになることも、ないことではない。




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         <pubDate>Tue, 28 Apr 2009 11:44:09 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ムハンマド・イブン＝アブドゥッラーフ</title>
         <description><![CDATA[ムハンマド（Mu?ammad 570年頃 - 632年6月8日）は、イスラーム教の開祖。アラビア半島西中部、ヒジャーズ地方の中心都市メッカの支配部族であるクライシュ族出身で、その名門ハーシム家のひとり。イスラーム教では、モーセ、イエス・キリストその他に続く、最後にして最高の預言者（ナビー）でありかつ使徒（ラスール）とみなされている[1]。また世俗君主としても有能であり、アラビア半島にイスラームの神権国家を打ち立てた。

全名はムハンマド・イブン＝アブドゥッラーフ・イブン＝アブドゥルムッタリブ
アブドゥルムッタリブの息子アブドゥッラーフの息子ムハンマドの意味)という。ギリシア語資料では Μουαμεδ として表れる[2]。かつて日本では西欧での表記（Mohammed, Mohamet, Mahometなど、ラテン語形Machometusに由来）やトルコ語での表記（Mehmet、Muhammet）にしたがって、モハメッド、マホメットなどと呼ばれることが多かったが、近年では標準アラビア語（フスハー）の発音に近い「ムハンマド」に表記・発音がされる傾向がある。また第2音節の ? ? は無声咽頭摩擦音の通常のhとは違うため、ラテン文字転写の場合は正確には下に点のついた文字で表される。（ラテン語で当該部分にchが使われているのもそのため）字義は「より誉め讃えられるべき人」。

ムハンマドはアラビア半島の商業都市マッカ（メッカ）で、クライシュ族のハーシム家に生まれた。父アブド・アッラーフ（アブドゥッラーフ）は彼の誕生する数ヶ月前に死に、母アーミナもムハンマドが幼い頃に没したため、ムハンマドは祖父アブドゥルムッタリブと伯父アブー＝ターリブの庇護によって成長した。

成長後は一族の者たちと同じように商人となり、シリアへの隊商交易に参加。25歳の頃、富裕な女商人ハディージャに認められ、15歳年長の寡婦であった彼女と結婚した。ムハンマドはハディージャとの間に2男4女をもうけるが、男子は2人とも成人せずに死んだ。

610年頃、悩みを抱いてマッカ郊外のヒラー山の洞窟で瞑想にふけっていたムハンマドは、そこで大天使ジブリール（ガブリエル）に出会い、唯一神（アッラーフ）の啓示（のちにクルアーンにまとめられるもの）を受けたとされる。その後も啓示は次々とムハンマドに下され、預言者としての自覚に目覚めたムハンマドは、近親の者たちに彼に下った啓示の教え、すなわちイスラーム教を説き始めた。最初に入信したのは妻のハディージャで、従兄弟のアリーや友人のアブー＝バクルがそれに続いた。

613年頃から、ムハンマドは公然とマッカの人々に教えを説き始めるが、アラビア人伝統の多神教の聖地でもあったマッカを支配する有力市民たちは、ムハンマドとその信徒（ムスリム）たちに激しい迫害を加えた。伯父アブー＝ターリブはハーシム家を代表してムハンマドを保護しつづけたが、619年頃亡くなり、同じ頃妻ハディージャが亡くなったので、ムハンマドはマッカでの布教に限界を感じるようになった。

聖遷
622年、ムハンマドは、ヤスリブ（のちのマディーナ（メディナ））の住民からアラブ部族間の調停者として招かれた。これをきっかけに、マッカで迫害されていたムスリムは次々にヤスリブに移住した。マッカの有力者達は、ムハンマドがヤスリブで勢力を伸ばすことを恐れ、刺客を放って暗殺を試みた。これを察知したムハンマドは甥のアリーの協力を得て、新月の夜にアブー・バクルと共にマッカを脱出した。マッカは追っ手差し向けたが、ムハンマドらは10日ほどかけてヤスリブに無事にたどり着いた。この事件をヒジュラ（元来移住という意味だが聖遷や遷都と訳されることが多い）といいのちにイスラーム暦元年と定められた。またヤスリブの名をマディーナ(預言者の町)と改めた。

マディーナではマッカからの移住者（ムハージルーン）とヤスリブの入信者（アンサール）を結合しムハンマドを長とするイスラーム共同体（ウンマ）を結成し、彼の教えやウンマの勢力増大に反発するユダヤ教徒などを排除しながらイスラーム共同体の基礎を築いた。

敵対者との戦争
ムハンマド率いるイスラーム共同体は周辺のベドウィン（アラブ遊牧民）の諸部族と同盟を結んだり、マッカの隊商交易を妨害したりしながら急速に勢力を拡大した。この動きを警戒したマッカ軍は624年、マディーナに侵攻しバドルの戦いが始まった。マッカ軍は1000名であるのに対し、マディーナ軍は300名であり劣勢であったがマッカ軍に大きな損害をあたえて勝利した。

翌年、バドルの戦いで多くの戦死者を出したメッカは報復戦として大軍で再びマディーナに侵攻した。マディーナ軍は戦闘前に離反者を出して不利な戦いをしいられ、メッカ軍の別働隊に後方に回り込まれて大敗しムハンマド自身も負傷した。(ウフドの戦い)これ以後、ムハンマドは組織固めを強化し、メッカと通じていたユダヤ人らを追放した。

627年、マッカ軍と諸部族からなる1万人の大軍がムスリム勢力の殲滅を狙って侵攻してきた。ムハンマドは当時はまだアラビアにはなかった塹壕を掘って敵軍を防ぐ戦術をとりマッカ軍を翻弄した。さらに策略を持って敵軍を分断し撤退させることに成功した。塹壕のことをアラビア語でハンダクと言うため、この戦いはハンダクの戦いと呼ばれる。マッカ軍を撃退したイスラム軍は武装を解かず、そのままメッカと通じてメディナのイスラーム共同体と敵対していたメディナ東南部のユダヤ教徒、クライザ族の集落を1軍を派遣して包囲襲撃し、この攻勢に耐えかねて無条件降服した彼らの内、戦闘に参加した成人男子を全員処刑して虐殺し、女性や子供は捕虜として奴隷身分に落とさせ、彼らの財産を没収させた（クライザ族虐殺事件）。

ムハンマドは628年にフダイビーヤの和議によってマッカと停戦した。この和議は当時の勢力差を反映してマディーナ側に不利なものであったが、ムスリムの地位は安定し以後の勢力拡大にとって有利なものとなった。この和議の後、先年メディナから追放した同じくユダヤ教徒系のナディール部族の移住先ハイバルの二つの城塞に遠征を行い、再度の討伐によってこれを降伏させた。これによりナディール部族などの住民はそのまま居住が許されたものの、ハイバルのナツメヤシなどの耕地に対し、収穫量の半分を税として課した（ハイバル遠征）。これにともないムスリムもこれらの土地の所有権が付与されたと伝えられ、このハイバル遠征がその後のイスラーム共同体における土地政策の嚆矢、征服地における戦後処理の一基準となった言われている。しかし、ユダヤ教徒側と結んだ降伏条件の内容や、ウマルの時代に彼らが追放された後ムスリムによる土地の分配過程については、様々に伝承されているものの詳細は不明な点が多い。この遠征の後、ファダク、ワーディー・アル＝クラー、タイマーといった周辺のユダヤ教徒系の諸部族は相次いでムハンマドに服従する事になった。自信を深めたムハンマドは、ビザンツ帝国やサーサーン朝など周辺諸国に親書を送り、イスラームへの改宗を勧め、積極的に外部へ出兵するなど対外的に強気の姿勢を示した。

630年にマッカとメディーナで小競り合いがあり停戦は破れたため、ムハンマドは1万の大軍を率いてマッカに侵攻した。予想以上の勢力となっていたムスリム軍にマッカは戦わずして降伏した。ムハンマドは敵対してきた者達に当時としては極めて寛大な姿勢で臨み、ほぼ全員が許された。しかし数名の多神教徒は処刑された。カアバ神殿に祭られる数百体の神像・聖像はムハンマド自らの手で破壊された。

ムハンマドはマッカをイスラムの聖地と定め、異教徒を追放した。ムハンマド自身はその後もマディーナに住み、イスラーム共同体の確立に努めた。さらに1万2000もの大軍を派遣して敵対的な態度を取るハワーズィン、サキーフ両部族を平定した。以後、アラビアの大半の部族からイスラムへの改宗の使者が訪れアラビア半島はイスラムによって統一された。

またビザンツ帝国への大規模な遠征もおこなわれたが失敗した。

632年、マッカへの大巡礼（ハッジ）をおこなった。このときムハンマド自らの指導により五行(信仰告白、礼拝、断食、喜捨、巡礼)が定められた。大巡礼を終えてまもなくムハンマドの体調は急速に悪化した。ムハンマドはアラビア半島から異教徒を追放するように、自分の死後もコーランに従うようにと遺言しマディーナの自宅で没し、この地に葬られた。彼の自宅跡と墓の場所はマディーナの預言者のモスクになっている。

預言者ムハンマドは複数の未亡人を妻として迎え入れたが、コーランはこれを『戦争により夫を亡くした女性の地位を守るため』と記述している。12人目を迎え入れた際、神からの啓示が下され、迎え入れた女性に対し平等に接するため、妻は4人までと定められたとコーランには記されている。

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         <pubDate>Mon, 13 Apr 2009 08:00:19 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>食肉（哺乳類）</title>
         <description><![CDATA[牛
多くのヒンドゥー教徒はどんな肉も全て忌避する。特に牛はヒンドゥー社会では神聖なものであるので、ほとんどのヒンドゥー教徒は牛肉を食べない。しかしその禁忌もミルクや乳製品には常に適用されるとは限らない。過去、不可蝕賎民といわれる最低カーストの人は、牛肉やバッファローの肉を食べた。現在、牛肉食はインドでもところどころで受け入れられるようになってきた。また、牛は牛でも水牛は全く関係なく、宗教上食べても問題ない[要出典]。

台湾の年配の人たちにも牛肉食を控える傾向がある。その理由としては、牛が農業に有用なので食べることは間違っていると感じられているからである。

 馬 [編集]
モーゼ法の時代から、厳格なユダヤ教徒は馬肉を食べていない。馬はひづめが割れていないし反芻もしないので、この肉を食べることは禁じられている。しかしながら、イスラム教圏の国では馬は一般的に殺すことを許されている動物であるとされる[要出典]。

馬肉は英国、米国、オーストラリアのなかでもある人たちにとっては食べていけないとされている。そしてその供給はしばしば非合法でさえある。ロブスターやラクダのように、ユダヤ教やキリスト教のある宗派にとっては馬肉が禁じられている。西暦732年に、教皇グレゴリウス3世は「嫌悪感を催す」と呼ばれる馬肉食の異教風習をやめる取り組みを始めた。そしてアイスランドの人々はしばらく馬肉食を放棄することによって、キリスト教を受け入れることに対して不本意を表現したとされている。グレゴリウス3世の布告は、ユダヤ教の禁止令と同じ聖書を基礎としていた。

しかし馬肉に対する態度には文化的に近い民族でも大きな違いがあり、例えばフランスではイギリスと違い必ずしもタブーではなく、韓国では馬肉食の習慣はない。日本では地方によってはかなり古くから食べてきたが、競馬関係者及びその愛好者の間での馬肉食はタブー視されている。また、コーンドミートやソーセージなどにも馬肉が入っていることもある。

ラクダ
ユダヤ教徒にとってラクダの屠殺と摂食はモーゼ法によって厳格に禁止されている。ラクダは反芻するにも関わらず、レビ法ではいまだ不浄であるとされている。これには蹄が割れていることも理由としてあげられる。ラクダは蹄を持っていないので、レビ法はラクダを食用ではないと説明する。一方、イスラム教ではラクダを食べることを禁じていない。

トナカイ [編集]
トナカイはアラスカ、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシア、カナダでは有名だが、イギリス人とアイルランド人の多くはトナカイ肉を食べることに対して吐き気をもよおす[要出典]。これは神のクリスマスの助手としてのトナカイの大衆文化が、北欧諸国での「北の牛」との見方と対抗する立場であることに関係がある。

豚 [編集]
豚肉を食べることは、イスラム教、ユダヤ教、セブンスデー・アドベンチスト教会で戒律上禁じられており、現在でも比較的良く守られている。この決まりごとには様々な論理があるが、禁じている考え方それぞれ全てに受け入れられている論理はない。「不浄である」と考えられていることは、豚がストレスを感じたときに水中や泥、排泄物でもお構いなしに転げまわってのたうつ習慣から来ていると考えられる。同様に何でも食べることもその根拠のひとつとなっており、「人間と食物を奪い合う関係」と考えられてもいる。

研究者による豚肉食への禁忌の説明として、食が禁止されているものがあることで人間に地球上の全ての動物の生死を決められる権利が与えられているのではないことを理解させ、また軽率にも地球の全ての種に対して奉仕する責任がないことに気づくであろう、というものがある[要出典]。

うさぎ
ノウサギは旧約聖書のレビ記において特に不浄な動物であると述べられていて、ユダヤ人とユダヤ人のキリスト教徒は不浄であるとの決まりごとを彼ら自身、固く禁忌としている。

日本では現在はウサギをあまり食べないが、かつては一般的であり、例えば徳川家でも正月にウサギ肉入り雑煮を食べたという。ウサギを「匹」といわず、鳥類と同様の「羽」と数えるのは、「四つ足でない」ため食べてもいいというこじつけ(ウサギを鵜と鷺に読替え鳥肉と偽る)のためだったといわれる。ただし、この「羽」という数え方はあくまでウサギを「食肉」として扱う際の数え方である。

ネズミ [編集]
西洋のほとんどの文化では、ネズミは不潔な害獣かペットであって、人が食べるには適さないとされている。しかしながら、ねずみはアフリカのガーナやタイの田園地方ではよく食べられている。クキネズミ(Thryonomys swinderianusやThryonomys gregorianus)などの野ねずみはアフリカでは豊富なタンパク源である。また、インカ文明の影響下にあった地域ではクイというテンジクネズミの原種が食用として家畜にされている。歴史的に見ると、ねずみは食糧不足や緊急時には西欧でも食べられていた。ヴィックスバーグの戦いやパリ包囲作戦のときがこれにあたる。古代ローマでは、家畜にされて食料とされてもいた。中国を含むアジアの一部の国ではハタネズミが食べられている。ある国ではマスクラット（ジャコウネズミ、ニオイネズミとも。実際はネズミではない）はその毛皮や肉のために狩られている。

クジラ・イルカ [編集]
ユダヤ教ではレビ記・第11章の条件にあてはまらないので、カシュルートにより食用禁止となる。

捕鯨は世界的に禁止されているが、日本、ノルウェー、アイスランドやフェロー諸島、インドネシア等では限定的に行われている。これらの国では伝統的に鯨が食肉として食べられているが、鯨肉を食べない国からは種の保存の観点で保護が求められている。日本でも古くから鯨肉が食べられており、一時は学校給食に安く卸されていたほど鯨肉食は一般的で、タブーではなかった。現代でも千葉県、神奈川県、山梨県、静岡県、和歌山県、沖縄県などではスーパーでイルカ肉が売られている。鯨肉食を禁忌とする根拠として「クジラやイルカは頭の良い動物だから人間が食べてはいけない」という考えがある[要出典]。またクジラ・イルカは一撃で殺すことが難しいため残酷だという指摘もある。

犬 [編集]
犬食文化をもつアジアの国々では、一方では犬をペットとして飼い、一方では特定の犬の品種を飼育場で育てて肉資源としている。韓国で狗肉（くにく）は夏の汁物やシチューの具に使用される。現代ではこの風習は特に韓国西部で愛犬家と狗肉を食べる人々の間に摩擦を引き起こすことで時折ニュースになる。たとえば、2002年のFIFAワールドカップ日韓大会ではFIFAのゼップ・ブラッター会長が韓国に狗肉食の禁止を要請したが、FIFAの鄭夢準（チョン・モンジュン）副会長兼韓国サッカー協会会長や高建（コゴン）ソウル市長が拒否した経緯もあった。中国でも、朝鮮族の多い吉林省のほか、湖南省、貴州省、雲南省などで現在も犬食は一般的である一方で[要出典]、犬がペットとして飼われている。

日本においても、中世、近世、および戦時中などでは赤犬などがしばしば食用とされており、食糧難であった第二次大戦中は都市部で犬の数が一時的に減ったとされている。[要出典]フィリピンなど他の国では、犬は非常用食料として飼われている。[要出典]ほかにも中国では過去、チャウチャウ犬は家を守るためにしばしば玄関につながれていた。食料が激減する厳しい冬の間に、犬は緊急食料として屠殺された。

ヨーロッパにおいては、スイスのAppenzell州とSt.Gallen州が医療目的でラードを利用するのと同じくらい、ジャーキやソーセージにした狗肉を治療に使う伝統で知られている。[要出典]スイスは全国的に狗肉や猫肉を食することは禁止していないが、それでも流通と販売は禁止している。

 霊長類 [編集]
猿や類人猿はわれわれ人間と同じサル目に属し、生物学的に近縁であるために、霊長類を食べることはカニバリズムにとても近いとされる。また、種の相似性はウィルス感染の危険性を増加させる。HIV（エイズウィルス）の起源の主要な説のひとつには、HIVと同じウィルスに感染した類人猿の肉を食べたことがあげられている。

サハラ砂漠以南のアフリカ諸国や東南アジア、なかでも特にインドネシアのように霊長類の個体数が多い地域では、多くが「森の肉」（Bushmeat）として野生から捕獲される。中国でも、近年までアカゲザルが宴会料理として出される例があった。

「森の肉」の狩猟と消費は、森の肉を消費する地域の食糧問題や地域経済、法の整備や遵守と密接に関わっている。無計画な「森の肉」の狩猟と消費は、森の肉として狩られる野生動物を絶滅に追いやる深刻な恐れがあり、今世紀の環境問題の一つである。

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         <pubDate>Sun, 29 Mar 2009 09:04:14 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>クサントス</title>
         <description><![CDATA[クサントス (リュキア語でArñna, ギリシャ語でΞάνθος) は古代リュキアの都市である。現在のトルコ南部で地中海に面するアンタルヤ県にあり、早い時代の文献では、クサントスの言葉自体が、リュキア全体を意味していた。1988年に、UNESCOの世界遺産に、レトーンとともに、登録された。

クサントスは、ギリシャ人がつけた古代リュキアの都市の名前である。ヒッタイトやかつてのルウィ語 (Luwian language) の名前では、Arinnaであった。共和政ローマ時代に入り、この町は、クサントゥスと呼ばれるようになったが、これはギリシャ語の末尾「-os」が全てラテン語の末尾に見られる「-us」に変化したからである。クサントスは、リュキアの文化と商業の中心地であり、のちに、ペルシャ、マケドニア、ギリシャ、ローマがこの土地を征服、占領した。

クサントスは、古代ギリシャ及びローマ人の人々が多くの記述を残していることで知られる。ストラボンは、クサントスがリュキアにおける最大の都市であると記した。ヘロドトスやアッピアノスはともに、紀元前540年ごろのハカーマニシュ朝征服劇を描いている。ヘロドトスの叙述に従うと、ペルシャの軍隊は、クサントスの北部の平野でリュキアの軍隊と衝突し、撃破したとされる。その衝突ののちに、リュキアの軍隊は、クサントスへ撤退し、ペルシャの将軍ハパルグスの包囲を受けた。リュキアの人々は、クサントスのアクロポリスを破壊し、自らの妻子や奴隷を殺し、その上で、優勢に立つペルシャ軍に挑んだ。しかし、戦闘の間に、クサントスに不在にしていた80人の女性を除き、当時のクサントスの人々は死亡した。以上がヘロドトスによるペルシャのクサントス攻略戦の内容である。

ペルシャの占領の間、紀元前520年ごろには、クサントスには地方自治が展開され、独自の硬貨が鋳造されるようになった。紀元前516年ごろには、クサントスは、ダレイオス1世が実施したサトラピーの1つに組み込まれた。リュキアは、ペルシア戦争の際に、ギリシャ側に転じた。考古学的調査に基づくと、おおよそ紀元前475年から470年の間に、破壊された。この破壊は、アテネ人のキモンの手によるのか、それとも、ペルシャの手によるのかの議論ある。現状では、ギリシャ側、ペルシャ川のいずれにもこの破壊に関して、文献が残っていないため、知ることはできないが、学者の中には、このころの破壊に関しては、偶発的な自然災害のためと考えている。

紀元前5世紀の最後の10年で、クサントスは、近隣のテルメソスを征服した。

アレクサンドロス3世の征服活動に関しての記録は歴史家によって、大きく異なる。例えば、2世紀のローマ時代に活躍したギリシャ人歴史家アッリアノスは、征服活動は平和的に行われたと叙述しているのに対し、アッピアノスは、アレクサンドロスの征服によって、クサントスは略奪を受けたと叙述している。アレクサンドロスが死亡した後、クサントスは、アレクサンドロスの後継者たちの間で支配権は争われた。ディオドロス はクサントスは、アンティゴノスからプトレマイオス1世の手に支配は移ったと記録している。アッピアノス、カッシウス・ディオ、プルタルコスのそれぞれの記録によると、 紀元前42年、ブルータスの手によって、再度、クサントスは破壊されたとされる。しかし、アッピアノスの記録に基づくと、マルクス・アントニウスによって、再建された。ローマ時代の遺構として、アンフィテアトルムが残っている。
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考古学的調査によって、クサントスでは、リュキア語とギリシャ語の文書が数多く発見された。いくつかの文書は、2言語で記述されており、リュキア語の解読に大いに有用である。

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         <link>http://asrxmaa.misojide.com/2009/03/post_19.html</link>
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         <pubDate>Fri, 13 Mar 2009 12:42:49 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ファンタジックチルドレン</title>
         <description><![CDATA[南の島で両親と暮らす11歳の少年・トーマは、ある日島の遺跡で一人の少女と出会う。少女の名前はヘルガ。無口で、どことも知れぬ場所の絵を描いては、そこに行きたいと言う不思議な少女。トーマは、ヘルガを慕う少年・チットと共に、ヘルガを“行きたい場所”へ連れていこうとする。

　何十年かおきに現れる、謎の黒衣の子供たち。“ベフォールの子供たち”と呼ばれる彼らは、長い長い年月をかけて、ある一人の人物を追いかけ続けていた。繰り返される年月に疲弊し、また謎の少年・デュマの妨害によって仲間を減らしながらも、彼らはただ、ひたすらに“彼女”を追い求め続ける。

　少年少女の連続失踪事件を追う刑事・クックスは、捜査の中で“ベフォールの子供たち”と呼ばれる存在に辿り着く。追い求めるほどに深まる子供たちの謎、不可解な現象、そして現れる謎の青年。一体、失踪した子供たちにどんな秘密が隠されているというのか。

　平行する3つの物語は、やがて複雑に絡み合い、500年の時を超えた、ある惑星の悲劇へと収束していく。
トーマ 
声：皆川純子 
パパン島の少年。パパン拳法の達人。 
ヘルガ 
声：河原木志穂 
施設に預けられている少女。施設を抜け出しトーマと出会う。なかむらたかし監督曰く、“主人公”。 
チット 
声：小林希唯 
ヘルガと仲のよい少年。 

 べフォールの子供たち
500年ものあいだ何年かごとに姿を現す謎の白髪の少年少女。

アギ 
声：浦田優 
真面目でリーダー格的な存在。現地球人名はイアン。 
ソレト 
声：高口幸子 
冷静で仲間思いな性格の少女。現地球人名はフロー。 
ヒースマ 
声：原沢勝広 
ギリシアへ帰ることを強く願っている。鼻が高い。現地球人名はトマス。 
ハスモダイ 
声：松本さち 
繊細でおとなしい性格。現地球人名はテオ。 
タルラント 
声：矢口アサミ 
子供っぽい所があるがしっかり者。現地球人名はカリエ。 
メル 
声：坂本真綾 
1901年にデュマに捕まる。パルザとは恋人同士だった。 
パルザ 
声：鈴木千尋 
1853年に脱落。コンラートとして生きることを選ぶ。 

刑事
クックス 
声：辻親八 
べフォールの子供たちについて調べている刑事。 
アリス 
声：住友優子 

ゲド機関
ゲルタ 
声：甲斐田ゆき 
ゲド機関の責任者。 
キルヒナー 
声：成田剣 
デュマ（デミアン） 
声：花輪英司 
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惑星ギリシアの人々
ティナ 
声：河原木志穂 
ギリシアの王女。 
セス 
声：後藤哲 
ティナの婚約者。ゴトーの息子 
ソラン 
声：羽多野渉 
幼い頃に迷子になったティナを助けた青年。 
タイタス 
声：大木民夫 
ティナの父親で、惑星ギリシアの王。 
ゲオルカ 
声：小村哲生 
タイタスの弟。 
ゴトー 
声：上別府仁資 
タイタスの補佐役で、セスの父親。 
レダ 
声：浅野まゆみ 
ティナの母親 

 その他
とうちゃん 
声：大川透 
トーマの父。 
かあちゃん 
声：甲斐田ゆき 
トーマの母。 
施設の院長 
声：平田広明 
コンラート 
声：進藤尚美 
元・べフォールの子供。のち物理学者としてX線を発見。 

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         <pubDate>Wed, 25 Feb 2009 07:47:29 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>クシャーナ朝（-ちょう 英：Kushan　漢：貴霜）</title>
         <description><![CDATA[クシャーナ朝（-ちょう 英：Kushan　漢：貴霜）は、古代インドから中央アジアにかけて、1世紀から3世紀頃まで栄えた王朝である。日本語表記は一定せず、クシャナ朝、クシャーン朝、クシャン朝、クシャン帝国とも呼ばれる。
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紀元前2世紀に匈奴に圧迫されて移動を開始した遊牧民、月氏はバクトリアに定着した。これを通例、大月氏と呼ぶ。漢書西域伝によれば、大月氏は休密翕侯・貴霜翕侯・雙靡翕侯・肸頓翕侯・高附翕侯[1]の「五翕侯」[2]と呼ばれる部族が分かれて統治していたという。

このうち最も強大だったのは貴霜翕侯（クシャーナ）であった。大月氏の諸侯はそれぞれコインを発行していたが、貴霜翕侯が発行したコインは他の諸侯の発行したコインに比べ数も多く、大型のコインは貴霜翕侯の物しか鋳造されなかった。

クシャーナ朝の成立
貴霜翕侯の存在を示す最も古い証拠はヘラウス（またはセナブ）と言う名の支配者が発行したコインである。これには「クシャーナ」の名と共に彼の名前が刻まれている。しかし年代の確定や解釈などについては諸説紛糾している状態であり、このクシャーナ「最初」の支配者についての具体像は全くわかっていない。1世紀初頭から半ばにかけて、貴霜翕侯は族長クジュラ・カドフィセス（丘就卻）の下で他の四翕侯を全て征服して王を号したと後漢書西域伝には記されており、一般にこれをもってクシャーナ朝の成立と見なされる。クシャーナ族自体は大月氏の一派であるイラン系の集団であるとも、土着のイラン系有力者を母体にするともいわれる。

クジュラ・カドフィセスはカブール（高附）を支配していたギリシア人の王ヘルマエウス（又はヘルマイオス）と同盟を結び共同統治者となったが、やがてヘルマエウスを倒してカブールの支配権を単独で握った。[3]さらに濮達とケイ賓（罽賓 ガンダーラ？）を征服しパルティア領（インド・パルティア王国）の一部をも征服した。当時この地域で勢力を持っていたのはインド・パルティア王国の王ゴンドファルネスであったが、クジュラ・カドフィセスは彼と争ったか、もしくは彼の死（西暦50年頃？）による同王国の弱体化に乗じてその領土の征服を行ったと言われている。いずれにせよ、クジュラ・カドフィセスのコインにはゴンドファルネスなどインド・パルティア王が発行したコインに重ねて打刻したものが見られることから、クジュラ・カドフィセスとゴンドファルネスや、彼の後継者アブダガセス1世などがほぼ同時代を生きていたのは確実である。

クジュラ・カドフィセスの子ヴィマ・タクトと、ヴィマ・タクトの子ヴィマ・カドフィセスは、北西インドの征服に成功した（北西インド征服時にはまだクジュラ・カドフィセスが生きていたという説もある）。最近の研究では、ヴィマ・タクトの時代に、北西インドと中央インドの一部、そしてバクトリア北部がクシャーナ朝の支配下に入ったといわれている。ヴィマ・タクトとヴィマ・カドフィセスは北側からバクトリアに通じる交通の要衝に関門と要塞を多数構築し、大国としてのクシャーナ朝の基盤を構築した。そしてバクトリア地方の防御のためにカラルラングと呼ばれる特殊な地位を持った総督が配置された。また後漢書によれば北西インドの統治のために将軍が置かれたとあるが、この将軍とは後に西クシャトラパをはじめとした独立勢力を構築することになるクシャトラパであると考えられる。

ヴィマ・タクトはその支配領域に統一したコインを発行した。彼のコインにはギリシア語で「ソテル・メガス（偉大なる救済者）」と言う称号が刻まれている。クジュラ・カドフィセスのコインが各地の古い支配者が発行したコインをまねたものであったのに対し、ヴィマ・タクトによる新式のコイン導入は一体性を持った帝国としてのクシャーナ朝が確立していったことを暗示する。

カニシカ王と後継者
ヴィマ・カドフィセスの息子（異説あり、王朝交代説を参照）カニシカ1世の時（2世紀半ば）、クシャーナ朝は全盛期を迎えた。都がプルシャプラ（現：ペシャワール）におかれ、独自の暦（カニシカ紀元）が制定された。

カニシカはインドの更に東へと進み、パータリプトラやネパールのカトマンズの近辺にまで勢力を拡大した。また、カニシカの発行したコインはベンガル地方からも発見されているが、これを征服の痕跡と見なせるかどうかは定かではない。ともかくも、こうしたインド方面での勢力拡大にあわせ、ガンジス川上流の都市マトゥラーが副都と言える政治的位置づけを得た。

カニシカはその治世の間に仏教に帰依するようになり、これを厚く保護した。このためクシャーナ朝の支配した領域、特にガンダーラなどを中心に仏教美術の黄金時代が形成された（ガンダーラ美術）。この時代に史上初めて仏像も登場している。

軍事的にも文化的にも隆盛を誇ったカニシカ王の跡を継いだのは、おそらくカニシカの息子であろうと言われているヴァーシシカ王である。しかし、ヴァーシシカ王以後、クシャーナ朝に関する記録は極めて乏しい。ヴァーシシカは最低でも4年間は王位にあったことが碑文の記録からわかるが、その治世がいつ頃まで続いたのか全くわかっていない。

ヴァーシシカに続いて、やはりカニシカ王の息子であると考えられているフヴィシカが王位についた。フヴィシカ王は40年前後にわたって王位にあったことが知られている。フヴィシカに関する碑文などがかなり広範囲から見つかっており、カニシカ王の死後は記録が乏しいとはいえ、クシャーナ朝自体は強勢を維持していたと考えられる。

3世紀頃、フヴィシカの跡を継いでヴァースデーヴァ1世が王位についた。彼の治世に、三国時代の魏に使者を派遣した記録が残されている。ヴァースデーヴァというインド風の王名は、この時期のクシャーナ朝が極めて強くインド化していたことを示す。貨幣などの図案にも、インド土着の様式が強く現れるようになっている。

ヴァースデーヴァ1世はサーサーン朝の王シャープール1世と戦って完全な敗北を喫した。以後クシャーナ朝はインドにおける支配権を失い、残された領土はサーサーン朝に次々と制圧された。クシャーナ朝はなおもカブール王として存続していたが、バハラーム2世（276年 - 293年）の時代にはサーサーン朝の支配下に置かれるようになった。

クシャーナ朝の旧領土はサーサーン朝の支配下においては「クシャーン・シャー」（クシャーナ王）と称するサーサーン朝の王族によって統治された。これは通例クシャーノ・サーサーン朝（クシャノササン朝）と呼ばれる。クシャーノ・サーサーン朝が発行したコインなどはサーサーン朝様式よりもクシャーナ朝の様式に近く、おそらくは多くの面においてクシャーナ朝の要素を継承したと考えられる。このようにクシャーナ朝の権威は滅亡した後も長く現地に残ったのであった。

文化

王号
クシャーナ朝はユーラシア大陸の中央部の広い領域を支配したため、各地の文化の大きな影響を受けた。その文化は包容的、融合的性格を持ったといわれており、特にその特徴は王の称号に現れている。

例えばカニシカ王の残した碑文の中には「シャーヒ、ムローダ、マハーラージャ、ラージャティラージャ、デーヴァプトラ、カイサラなるカニシカ」と記す物がある。これはカニシカが使用した称号を羅列したものであるが、

シャーヒ（Shahi）は月氏で昔から用いられた王の称号である。 
ムローダ（Muroda）はサカ人たちの首長を表す語である。 
マハーラージャ（Maharaja）はインドで広く使われた称号であり大王を意味する。 
ラージャティラージャ（Rajatiraja）は「諸王の王」(シャーハンシャー）というイラン地方の伝統的な帝王の称号をサンスクリット語に訳したものである。 
デーヴァプトラ（Devaputra）はデーヴァ（神、漢訳では天と訳される）とプトラ（子）の合成語であって中華皇帝が用いた称号「天子」をサンスクリット語に訳したものである。 
カイサラ（Kaisara）はラテン語のカエサル（Caesar）から来たもので、ローマ皇帝の称号の一つである。 
カニシカ王に限らず、クシャーナ朝の王たちは世界各地の王の称号を合わせて名乗ることを好んだ。

近年、アフガニスタンで発見されたダシュテ・ナーウル碑文やラバータク碑文などのバクトリア語資料において、ヴィマ・タクトやカニシカは ÞΑΟΝΑΝΟ ÞΑΟ （シャーウナーウ・シャーウ?）と称しており、アケメネス朝やアルサケス朝、サーサーン朝など他のイラン系の王朝と同じく、「諸王（ÞΑΟΝΑΝΟ シャーウナーウ）」の「王（ÞΑΟ シャーウ）」（シャーハーン・シャー）を名乗っていたことも判明している。

 美術
カニシカ王のとき、あつく仏教を保護したため、仏教芸術が発達した（ただし、王家の間ではゾロアスター教などイランの宗教も崇拝されていた）。プルシャプラを中心とするガンダーラで興ったため、ガンダーラ美術と呼ばれる。かつてガンダーラ付近をギリシア系のグレコ・バクトリア王国が支配していたため、発想・様式・手法にギリシア的要素が濃いのが特徴で、その様式は日本にも影響を与えた。

この隆盛を極めたガンダーラ美術の成果の中でも最も重要なものは仏像の登場である。従来の仏教美術において仏陀の姿を表現することは意識的に回避されてきた。仏教説話を表現する際、仏陀は法輪や仏塔、仏足跡などで象徴的に表されるだけであったが、クシャーナ朝支配下のガンダーラとマトゥラーにおいてついに、仏陀を人間の姿で表す仏像が誕生したのである。マトゥラーではガンダーラの仏像とはやや赴きを異にする仏像が多数制作されている。こちらの仏像はギリシア的要素が少なくインドの伝統美術の影響が強いといわれている。

仏像の誕生には神を人間の姿で表現するギリシア人の影響が強いといわれているが、ガンダーラやマトゥラーなど、当時クシャーナ朝が支配した領域で広く仏像が制作され始めたことは、仏像の誕生にクシャーナ人自体も深く関わっていたことを示唆する。なお、ガンダーラとマトゥラーのどちらで先に仏像の制作が始まったのかはわかっていない。

クシャーナ人の使用した言語は、中期イラン語で東イラン語に属すと考えられるバクトリア語である。アラム系文字で筆記される場合が多いイラン語としては唯一ギリシア文字系で筆記された。既存のギリシア文字24個に加え、アイスランド語の「Þ」に形状の似た[š]の音価を持つ文字を加えた25字が用いられた。現在残されている最古の資料はクジュラ・カドフィセスの子と目されるヴィマ・タクト王の銘になる碑文である。つい最近までバクトリア語の研究は貨幣研究と1957年にスルフ・コタルで出土したカニシカ王碑文など若干の碑文以外に資料が無く、ほとんど謎の言語であったが、近年アフガニスタンで碑刻資料と皮革書簡文書が大量に発見されたことによって飛躍的に解明が進んだ。

特に、ラバータク碑文は1200字余20数行に渡る現存ではもっとも長いバクトリア語碑文で、クジュラ・カドフィセス、ヴィマ・タクト、ヴィマ・カドフィセス、カニシカに至る4代の王名が列挙され、カニシカの命令が、

「ギリシア語で勅命を発してアルヤ語（バクトリア語）に置き換え、カニシカの統治第1年にインドのクシャトリアの王国の全てに布告した。（中略）カウシャーンビーやパータリプトラ、スリー・チャンパーまで偉大なる支配者と他の者たちの意図の内に置いた」

と、クシャーン朝の制度やこの時代のインド史を知る上で極めて重要な内容が書かれている。また、碑文の書式もアケメネス朝の古代ペルシア語による王碑文やサーサーン朝の王碑文などとの共通性が指摘されている。 

 経済
クシャーナ朝の領土は、同時代に中央インドで繁栄を迎えてきたサータヴァーハナ朝などと同じくローマ帝国との貿易によって著しい繁栄を迎えていた。かつてクシャーナ朝が北西インドを征服する以前、この地域の貨幣経済は衰退期を迎えていた。原因は知られていないが、北西インドでは銀が不足し、インド・パルティア人やサカ人の諸王朝が発行する銀貨は極度に品質の悪いものとなっていた。

しかし、クシャーナ朝が北西インドを支配した時代、すなわちヴィマ・タクトとヴィマ・カドフィセスの治世以降、彼らは盛んに金貨と銅貨を発行し、特に北西インドで作られた金貨は質・流通量ともにインド古代史上最高のものとなった。この金貨発行の背景にあったのが西方のローマ帝国の経済的繁栄であり、それに向けて輸出される華奢品であった。ローマやインドの商人によってローマ帝国領へ向けて絹・香料・宝石・染料などが輸出された。これらの商品はローマでは原価の百倍もの価格で売れ、代金として膨大な量の金がクシャーナ朝にもたらされた。プリニウスは当時インド人がローマの金を年間5千万セステルティウス持ち去っていると記しているが、これにはクシャーナ朝にもたらされた分も含まれているであろう。

クシャーナ朝にとってローマとの貿易がいかに重要なものであったかは、彼らが発行した金貨の単位からもわかる。クシャーナ朝は金貨の単位をローマの金貨単位にリンクさせており、その金貨は正確にローマの2アウレウス分の重量を持っていた。さらにローマのデナリウスはディーナーラとして、その通貨単位がクシャーナ朝に取り入れられた。

1アウレウス（金貨）　＝　25デナリウス（銀貨） 
1デナリウス（銀貨）　＝　4セステルティウス（黄銅貨） 
1セステルティウス（黄銅貨）　＝　4アス（青銅貨） 

クシャーナ史の論点
 王朝交代説
クシャーナ朝の王統は長く貨幣銘文などによる断片的な記録に基づいて復元されており、不明点が多い。クシャーナ朝の王統復元について長く支持されてきた説がクジュラ・カドフィセスとヴィマカドフィセスの属する王朝と、カニシカ以後の王朝は別の王朝であるとする説、すなわちカニシカ王による王朝交代説である。

これはカニシカ以後、「カドフィセス」から「イシカ」系列に王名が切り替わっていることや、カニシカが独自の暦を定めていること、両カドフィセス王時代のコインではギリシア語の称号をギリシア文字で、プラークリット語の称号をカローシュティー文字で、併記する様式であったのに対し、カニシカ王以後はバクトリア語の称号をギリシア文字で記したものに変化していることなどを根拠としている。

これとあわせて、チベットの伝説にホータンの王子ヴィジャヤキールティが「カニカ」（Kanika）王とグザン（Guzan, おそらくはクシャン、クシャーナ）王とともにインド遠征を行ったというものがあること。漢訳仏典の中にカニシカがホータン出身であると解せるものがある。このことからカニシカが小月氏の出身であるとする説もある。

ところが近年新たにカニシカ王の碑文が解読され、クシャーナ朝の歴史について多くの新事実が明らかとなった。この碑文は1993年にアフガニスタンのラバータクで偶然発見されたもので、バクトリア語で記された1200字あまりの文書であり、クシャーナ朝時代のものとしては最も長文の記録の1つである（ラバータク碑文）。内容はこの地方のカラルラッゴ（総督）であったシャファロに対して、カニシカ王の祖先の彫像を納める神殿を建設することを命じたことが記録されたものであった。この結果、カニシカ王とそれ以前の王との間に血縁があったことが判明した。

この碑文の解読によって、曽祖父クジュラ・カドフィセス、祖父ヴィマ・タクト、父ヴィマ・カドフィセス、そして碑文を作らせたカニシカの4名4世代の王統が判明した。特にヴィマ・タクト[4]は従来全く知られていない王であったが、彼の存在が明らかになったことによって初期クシャーナ朝の歴史に本質的な修正がもたらされた。これまでクシャーナ朝時代に発行されたコインの中で、ソテル・メガスという称号のみが記されたタイプの物がクジュラ・カドフィセスによるものか、ヴィマ・カドフィセスによるものかが論じられてきたが、その多くはヴィマ・タクトのものであると考えられるようになり、クシャーナ朝の大幅な勢力拡大が彼の時代に行われた可能性も考えられている。

大月氏とクシャーナ朝
貴霜翕侯（クシャーナ族）が元々大月氏に属し、大月氏の他の翕侯を従えた後、クシャーナを国号として王と名乗ったという後漢書の記録や、伝統的な月氏の王の称号を用いたことからもわかるように、大月氏とクシャーナ朝は多分に連続性の強い政権であったと考えられる。

中国ではクシャーナ朝が権力を握った後も、その王を大月氏王と呼び続けた。後漢書には以下のようにある。

月氏自此之後，最爲富盛，諸國稱之皆曰貴霜王。漢本其故號，言大月氏云。
（クジュラ・カドフィセスのインド征服）以後、月氏は最も富み盛んとなった。諸国は彼をクシャーナ王と呼んでいる。漢では古い称号を用いて大月氏と呼んでいる。

? 後漢書

また、中国の三国時代にヴァースデーヴァ1世（波調）が魏に使節を派遣した際、魏はヴァースデーヴァに対し、「親魏大月氏王」の金印を贈っている。これは倭国の王卑弥呼に対するものと並んで、魏の時代に外国に送られた金印の例であることから比較的よく知られているが、3世紀に入っても中国ではクシャーナ朝が大月氏と呼ばれていたことを示すものである。

しかし、大月氏とクシャーナ朝を同一のものと見なしていいかどうかにはさまざまな立場がある。ソグディアナやホラズム地方の大月氏系諸侯は、クシャーナ朝とは別に独立王国を形成していたことが知られており、これらの大月氏系諸国をクシャーナ朝が征服した痕跡は現在まで一切発見されていない。

歴代王
クジュラ・カドフィセス（カドフィセス1世 - 80年頃、後漢書によれば80歳以上まで生きた） 
ヴィマ・タクト（1世紀後半） 
ヴィマ・カドフィセス（カドフィセス2世、2世紀前半） 
カニシカ1世（2世紀半ば） 
ヴァーシシカ（2世紀半ば） 
フヴィシカ（2世紀後半） 
ヴァースデーヴァ1世（3世紀前半） 
カニシカ2世（3世紀前半、一時ヴァースデーヴァ1世と共同統治？） 
サーサーン朝の征服 
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         <link>http://asrxmaa.misojide.com/2009/02/_kushan.html</link>
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         <pubDate>Sun, 08 Feb 2009 15:53:25 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>人間とダークストーカーのハーフ</title>
         <description><![CDATA[前作の2体のボスキャラクターのフォボスとパイロンがプレイヤーキャラクターとして使用可能になり、また以下2体のキャラクターが新規に追加された。

“運命の狩人” ドノヴァン＝バイン (Donovan Baine) （声：檜山修之、小杉十郎太） 
人間とダークストーカーのハーフ（所謂ダンピール）。身長194cm、体重98kg。初代『ヴァンパイア』と業務用の『セイヴァー』以外で登場する。 
己の宿命のために魔物を狩り続ける。魔剣ダイレクと巨大な数珠を扱い、魔人化することもできる。自分と似た境遇の少女のアニタを保護する。設定は『吸血鬼ハンターD』、ポージングや技は『ジョジョの奇妙な冒険』の影響が感じられるキャラクター。タイトルの『ヴァンパイア ハンター』から、彼が物語の主人公であると言える。己の宿命に悩み魔物を狩り続けるが、その結末は決して幸福なものではなかった。家庭用『セイヴァー』では、彼のみ『ハンター』よりも前の時間軸から登場する設定となっている。 
性能面では、『ハンター』の時にアーケードゲーム誌「ゲーメスト」でキャラクター同士の相性などから強さをランキング化した際に、ビクトルに次いで下から2番目の低い評価を受け、この記事の掲載直後から日本全国に弱いキャラクターとしてランクが定着してしまった。実際には弱いという事は無く、「キルシュレッド」を主体とした独特の攻めのスタイルを持ち、癖の強い各種の技を上手に使ってダメージを与えていく。 
外作品出演は多いほうではないが、ヴァンパイアシリーズを題材にした小説、アニメ等のメディアの中では一番主役を演じた回数が多い。 
“霊幻姉妹” レイレイ （泪泪、Lei-Lei / Hsien-Ko（ヒシェンコー））（声：荒木香恵、根谷美智子） 
中国出身。袖に多くの武器（暗器）を隠し持つ女性のキョンシー。身長156cm、体重43kg。スリーサイズはB83、W59、H86。1730年生まれ。初代『ヴァンパイア』以外で登場する。 
元は人間だが、故郷の村に伝わる禁術「異形転身の術」の力で、自らこの姿に変化した「霊幻少女」。戦闘時は姉のリンリンが御札となって彼女を制御している。ダークストーカーを封じるために犠牲となり、闇に彷徨うことになってしまった母親の魂を清めるために闘う。『セイヴァー』では転生を果たしており、魔次元に捕らわれながらも前世の記憶を思い出しつつ姉とともに闘っている。設定上のフルネームは「少 泪泪（シャオ・レイレイ）」で、OVA版や『ポケットファイター』などでもこの名字の設定が使われている。彼女の肉体は術によって、ダークストーカー（キョンシー）に変化してしまったが、母の魂を救うためにダークストーカーと戦うという設定上、彼女たちも「ヴァンパイアハンター」であり、今作の物語のヒロイン的な存在といえる。なお、『ハンター』のキャラクターセレクト画面では、1P側のカーソルがデフォルトで彼女に合っている。小説版では、悲劇の末に母を救う旅に出て間もない彼女たち姉妹の戦いが描かれている。 

ヴァンパイア セイヴァー
前作のキャラクターのうち、業務用『セイヴァー』ではフォボスとパイロンとドノヴァンが登場せず、彼らに代わって以下の4体が新規に追加された。

“漆黒の救世主” ジェダ＝ドーマ (Jedah Dohma) （声：千葉一伸） 
魔界の救世主。魔界三大貴族の一つ、ドーマ家の当主。身長216cm、体重12 - 1002kg（可変）。紀元前4045年生まれ（1890年頃に一度死亡した後に再生）。『セイヴァー』と『セイヴァー2』と『クロニクル』、およびPS版『セイヴァー EXエディション』と PS2版『ダクコレ』に収録されている家庭用の『ハンター2』で登場する。 
かつて冥王と呼ばれ、魔界戦争の際に当時の腹心であったオゾムの奸計により、禁を破って人間界への扉を開き邪悪な魂を吸収しようとしたが、限界を超えるほどの魔力を一度に吸収したことにより自滅した。その後『セイヴァー』で復活を果たし、ドーマ家を乗っ取っていたオゾムを吸収し魔次元を作り出した。業務用の『ハンター2』には参戦していないが、エンディングの文章にて「かの者」とか「冥王」などの表現で彼の存在が描かれている。 
『セイヴァー』と家庭用『ハンター2』ではキャラクターによって「最終ボス」、「中ボス」、「乱入キャラ」、「登場しない」という様に出方が変わるが、『セイヴァー2』では最終ボスに固定された。他者の魂を自分に同化させる能力を持ち、その能力を利用し魔界の全ての魂を融合して、唯一完全の生命体になろうと企む。その体は、復活するのに必要な最低限の魔力で構成された可変液体であって、攻撃時に見せる赤い液体は、実際には「血液」ではない。ガードキャンセル技の「スプレジオ」は自分の首を斬り落として体液を浴びせるなど、人間には到底不可能な技を持つ。『デビルマン』を思わせるデザインだが、プレイヤーキャラとしてデビューする前の『ハンター』のデミトリのバックストーリーイラストで使われた彼のデザインは『セイヴァー』の物と全く違っている（これは『セイヴァー』のジェダの身体は復活に必要な魔力で構成された、言わば仮初めの肉体のため）。技名は、ガードキャンセルを除いてイタリア語となっている。 
“ラブリンハンター” バレッタ （Bulleta / Baby Bonnie Hood, B. B. Hood（ベイビーボニーフード）） （声：松下美由紀） 
赤ずきんのような姿をした人間の少女。北欧某国の出身。身長142cm、体重37kg。スリーサイズはB70、W58、H75。『セイヴァー』と『セイヴァー2』と『クロニクル』、および『EXエディション』『ダクコレ』内の家庭用『ハンター2』で登場する。 
外見は可憐だが、魔物を狩るプロの凄腕ハンター。頭巾と手持ちのバスケットがトレードマークで、犬のハリーを連れている。服の中などあらゆる部分に武器を隠しており、戦いでは残酷でハードボイルドな本性を見せる。その金銭に対する執着心は異常で、金のためなら容赦なく敵を惨殺することを厭わない。人間でありながら「その魂はダークストーカーと同質」とジェダから評されている。 
“欲望の迷い子” リリス (Lilith) （声：小西寛子） 
モリガンとよく似た姿をした少女。身長168cm、体重54kg。スリーサイズはB74、W56、H83。『セイヴァー』と『セイヴァー2』と『クロニクル』、および『EXエディション』『ダクコレ』内の家庭用『ハンター2』で登場する。 
過去に3分割されたモリガンの魂の内の1つ（残りの1つはベリオールの死去と共に消滅している）が自我をもった存在。そのため、格好と技がモリガンと似ている。ただし、独自の技もあるために単なるコンパチブルキャラクターとは言えない性能になっている。業務用の『ハンター2』には参戦していないが、エンディングの隠しグラフィック（『セイヴァー2』の物と同じ画像）では姿を見せている。 
『NAMCO x CAPCOM』に登場した時は、担当声優が事実上の引退をしてしまっているため、今井由香に声のキャストが変わっていた。 
“魂に群れなす妖蟲” キュービィ (Q-Bee) （声：松下美由紀） 
魔界に生息するハチに似た習性と人間に似た外観を持つ昆虫型の生物。全長125cm、個体重38.2kg。各部径は、腹部86cm、擬似腹部57.5cm、擬似臀部87.5cm、腹部（蜜嚢部）110cm。『セイヴァー』と『セイヴァー2』と『クロニクル』、および『EXエディション』『ダクコレ』内の家庭用『ハンター2』で登場する。 
「魔蟲族」（まちゅうぞく）の一派、ソウルビー族の長 (Queen-Bee → Q-Bee) 。魂を食糧としており、肉食。人間の女性の姿をしているのは、人間の男を引寄せて捕食するためであり、人間の顔のように見える部分も擬態で、頭頂部の複眼が本当の目。知性は低く、カタコトでしか話せない。 

隠しキャラクター
朧ビシャモン (Oboro Bishamon) （声：徳丸完） 
『ハンター』のエンディング以降、修行の末に法力を得たので、般若に操られること無く、その力を行使できるようになった人間のビシャモン。延宝元年（1673年）生まれ。業務用の『セイヴァー』ではCPU専用の隠しボスであり、ノンプレイヤーキャラクターだったが、業務用『セイヴァー2』と『ハンター2』、家庭用『セイヴァー』からプレイヤーキャラクターとして使用可能となった。ゲーム内での名前は通常のビシャモンと同じく「Bishamon」と表示される。 
基本性能はビシャモンを基にしているが、人魂が存在しないことから一部の技が変更され、隠しボスらしい高性能なキャラになっている。『セイヴァー』ではCPU戦で朧ビシャモンを倒すと、特殊なエンディングが流れる。 
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ダークガロン （Dark Gallon / Dark Talbain（ダークタルバイン）） （声：うえだゆうじ） 
魔次元によって生み出された、人間への未練を捨てきったもう一人のガロン。『セイヴァー』ではボスキャラクターとして登場。キャラクター性能は通常のガロンとほぼ同じだが、「ドラゴンキャノン」の能力のみ若干変化している。『セイヴァー』、および『EXエディション』『ダクコレ』内の『セイヴァー2』『ハンター2』アレンジバージョンで使用可能。業務用『ハンター2』や『クロニクル』には、通常のガロンが出演しているものの、登場していない。ゲーム内での名前は通常のガロンと同じく「Gallon（国外版ではJ. Talbain）」と表示される。 
シャドウ (Shadow) 
影のような謎の存在。倒した相手にとり憑いて、その体を操り、さらに他のキャラクターを倒すということを繰り返している。そのため、2戦目以降はプレイヤーキャラが前の試合で倒した相手キャラに自動的に変わっていく。『セイヴァー』以降の作品で使用可能。キャラクター選択時にさらに特殊な操作を行うことで、最初に憑いているキャラクターを指定できる。なお、『セイヴァー』ではシャドウ自体のカラーが1色のみだったが、『セイヴァー2』と『ハンター2』、PS版『セイヴァー EXエディション』、『クロニクル』では現在憑いているキャラクターのカラーに合わせて色が変化し、登場時のポーズも独自の物が追加されている。 
マリオネット (Marionette) 
操り人形の形をしたシャドウ同様の謎の存在。闘う相手と同じ姿になり、同じ闘法で闘う。ゆえに、必ず同キャラ対決になる。ただし、CPU戦で条件を満たしてCPUキャラクターに途中乱入された場合のみ例外で（隠しボスは除く）、本来戦うはずだったキャラクターに変身して乱入キャラクターと戦うことになる。『セイヴァー2』と『ハンター2』から追加され、PS版『セイヴァー EXエディション』や『クロニクル』でも使用可能。その他の業務用・家庭用『セイヴァー』には登場していない。 
ディー (Dee) （声: 檜山修之） 
デミトリの通常技とドノヴァンの必殺技で闘う謎の男。『ハンター』のドノヴァンのエンディングや、『セイヴァー』の「ゲーメストムック」で船水紀孝が『セイヴァー』の開発段階ではドノヴァンがデミトリの顔換えキャラとして存在したという旨の発言を行っていることなどから推察して、ダークストーカーの血に染まってしまったドノヴァンである、という見方が有力。『ダークストーカーズコレクション』内の『セイヴァー』と『ハンター2』と『セイヴァー2』の各アレンジバージョンでのみ使用可能。『ハンター2』と『セイヴァー2』の各アレンジでは隠しボスとしても登場。 
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         <pubDate>Fri, 23 Jan 2009 12:44:09 +0900</pubDate>
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